(c) 2017 William Alan Photo [/caption]

奥村薫
アメリカ、ワシントン州北シアトル在住の舞踏家。学生時代に舞踏と出会い、1993年から東京のアスベスト館にて、暗黒舞踏の創立者の一人である土方巽(ひじかた・たつみ)の妻であり、舞踏家である元藤 燁子(もとふじ あきこ)のもとで舞踏を学ぶ。コンピューターのリサーチャー、そしてデベロッパーとして、1998年にマイクロソフト本社勤務となりシアトルに移住。2008年からソロパフォーマンスを中心に、アートフェスティバルなどで国内外でパフォーマンス活動を行っている。
 

YouTube:https://www.youtube.com/user/KaoruAlt

その人の中から生まれるもの

今回も引き続きアメリカ、ワシントン州北シアトルの舞踏家 奥村薫さんにお話をお伺いします。

前編では、舞踏との出会い、そしてシアトルに移住されたきっかけなどについてお話しをお聞きしました。

暗黒舞踏は、英語で「Butoh」と呼ばれ、前衛芸術としてヨーロッパで高い評価を得、
世界で親しまれています。顔を白塗りにし、重心を低くして動く、肉体と魂の即興の表現。

薫さんにとっては、『既に表現ではなく、自己さえ捨てたところに、
「異質な何か」が現れるもの』だそうです。それでは、後編をお楽しみください。

 
その他のものを捨てること。
自分の好きなことを追求するには、優先順位の低いものは捨てる。好きなことがあれば、自然とできる。

 

思い切り、いらないことは、置いておきましょう。

手に職があるのは、非常に強い。

アーティスト活動で生活していけるのは、手に職があるから。

アートの自由性、質を落とさないためには、

自分で何か稼げる何かがあると最強。

今回のインタビューは、
2017年の夏に奥村薫さんのシアトルの自宅で行われたものです。

YouTube:https://www.youtube.com/user/KaoruAlt


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